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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)2314号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を大津地方裁判所に差し戻す。

事案の概要及び争点

第一 控訴人の趣旨

一 原判決を取り消す。

二 被控訴人は控訴人に対し、一〇〇万円、及びこれに対する平成三年四月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三 仮執行宣言

第二 事案の概要及び争点

一 本件訴訟の経過

1 控訴人は、原審裁判所に対し、被控訴人を相手方として、控訴人は、株式会社リゾート・イン京都(以下「リゾート・イン京都」という。)から、同社の被控訴人に対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を譲り受けたとしてその支払いを求める本訴を提起した。

原審における当事者双方の主張は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

2 原審裁判所は、リゾート・イン京都が被控訴人に対する損害賠償請求権を取得したとしても、右債権は被控訴人主張の訴訟上の和解(本件和解)において放棄されて消滅したとして、控訴人の本訴請求を棄却する旨の判決を言い渡した。

二 当審における主な争点

控訴人の訴訟代理人であった弁護士は、本件和解をする代理権限を有していたか。

理由

一  控訴人、リゾート・イン京都と被控訴人との関係

被控訴人は、請求原因1の事実(控訴人によるリゾート・イン京都の設立)を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。リゾート・イン京都と被控訴人との間で平成元年一〇月一日請求原因2記載の本件保養施設の使用、管理、運営に関する契約が成立したこと、リゾート・イン京都が、訴外基金との間で平成二年七月三一日請求原因4の本件保養施設についての利用契約を締結したことは当事者間に争いがない。

二  前訴と本件和解の成立

抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、右争いがない事実と甲一二ないし一四号証、乙一ないし六号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  リゾート・イン京都(その代表者は控訴人)は、弁護士千田適及び同坂和優を訴訟代理人として、平成三年六月二〇日ころ、京都地方裁判所に対し、被控訴人を相手方とし、リゾート・イン京都と被控訴人との間の本件保養所の使用、管理、運営契約に基づきリゾート・イン京都が被控訴人に支払うべきものとされたクリーニング代及びプロパンガス代について、被控訴人がリゾート・イン京都に対して水増請求をしてリゾート・イン京都から右各代金名目で金員を騙取したとして、債務不履行による損害賠償請求として一三一万二二九四円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて提訴した(京都地方裁判所平成三年(ワ)第一二六五号)。

右事件において、受訴裁判所に提出されたリゾート・イン京都作成の右両弁護士に対する委任状には、和解についての授権をした旨の記載がある。

2  被控訴人は、平成三年八月一二日ころ、京都地方裁判所に対し、右1の訴訟でリゾート・イン京都が主張する契約に基づきリゾート・イン京都が被控訴人に支払うべき洗濯代、消耗品などの諸経費の一部が未払であるとして、リゾート・イン京都及びその連帯保証人である控訴人に対し、右未払金二二三万五八四四円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて提訴した(京都地方裁判所平成三年(ワ)第一七三二号。)。

控訴人及びリゾート・イン京都は、右事件の応訴、訴訟遂行を前記二名の弁護士に委任したが、右事件において、受訴裁判所に提出された各訴訟委任状にはいずれも前同様和解についての授権の記載がある。

3  右1、2記載の各事件は併合され(以下、併合されたこの両件を「前訴」という。)、平成四年一月二〇日の口頭弁論期日において、右1、2記載の両事件でのリゾート・イン京都及び右2の事件での控訴人の各訴訟代理人弁護士坂和優及び右両事件での被控訴人の代理人弁護士一岡隆夫出頭のもと、次の条項の裁判上の和解(本件和解)が成立した。

この期日に控訴人は出頭しなかった。

(一)  当事者双方は、被控訴人がリゾート・イン京都及び控訴人に対し、右2記載の二二三万五八四四円の支払請求権を有し、そのうちリゾート・イン京都が被控訴人に対して有する右1記載の一三一万二二九四円の損害賠償請求権とその対当額において相殺されて、同額の債権が消滅したことを確認する。

(二)  当事者双方は、互いに、大津簡易裁判所平成三年(ロ)第四五五号督促事件にかかる債権を除くその余の権利を放棄し、その間において、何らの権利義務がないことを確認する(この条項を、以下「本件放棄・清算条項」という。)。

(三)  訴訟費用は各自の負担とする。

(坂和優弁護士が、リゾート.イン京都から、本件和解をするについての個別具体的な委任(承諾)を受けたとの主張、立証はない。)

三  本件放棄・清算条項の趣旨

1  甲二三号証、二九号証によると、本件放棄・清算条項にいう大津簡易裁判所の督促事件にかかる債権とは、被控訴人を債権者、リゾート・イン京都又は控訴人を債務者とする督促事件において確定した元本五五〇万円の貸金債権であることが認められる。そして、前訴の内容及び本件和解の文言からすると、本件和解は、まず、前訴における当事者双方の各請求債権の元本の存在を前提としてその対当額での相殺がされたことを確認したうえ(計算上は、右相殺の結果被控訴人のリゾート・イン京都及び控訴人に対する各債権の一部が残ることになる。)、被控訴人は、前訴で請求するリゾート・イン京都及び控訴人に対する右相殺後の諸経費の残元本請求権並びに遅延損害金請求権の全部を、リゾート・イン京都は、前訴で請求する被控訴人に対する遅延損害金請求権をそれぞれ放棄することを内容とする前訴の各訴訟物に関する和解のほか、右督促事件における確定債権を除いて、相互に相手方に対する権利を放棄し、一切の権利義務のないことを確認する趣旨のものと解される。

2  右によれば、本件放棄・清算条項は、前訴における各訴訟物の一部についての請求放棄とともに、一部例外を除いて当事者間の権利義務、債権債務の不存在を内容とする包括的な清算の趣旨をいうものと解すべきことになる。

四  訴訟代理権の範囲

1  本件和解は前訴の当事者であるリゾート・イン京都の代表者本人の出頭がなく、坂和優弁護士が同社の代理人として右和解をしたこと、坂和優弁護士は、前訴二件について、リゾート・イン京都から和解の権限も与えられていたことは前記のとおりである。

2  しかしながら、弁護士坂和優が前記二1、2の訴訟についてのみならず、リゾート・イン京都から、その全ての権利義務関係について和解をする権限を与えられていたとか、少なくとも本訴請求の権利関係をも含めて和解する権限を与えられていたとかを認めるに足る証拠はない。

3  本訴請求の権利と前記二1、2の訴訟で請求されていた権利とは、共にリゾート・イン京都と被控訴人間の京都市左京区大原来迎院町四七九番地などの保養施設の利用に関する契約にもとづくものであるが、前訴の請求は、右契約継続中の経費の負担に関するものであるのに比して、本訴請求の権利は、被控訴人が訴外基金との間で保養所利用契約を結んだのが契約違反であると主張するものである。これらは全く別個の権利であって、甲四〇号証(坂和優の陳述書)や控訴人、被控訴人の主張を考慮しても、リゾート・イン京都が右の権利の存否に関して和解することをも弁護士坂和優に委任したと認めることはできない。

4  そうすると、本件和解の放棄・清算条項が控訴人に効力を及ぼすものとすることはできない。

五  結論

以上のとおりであるから、リゾート・イン京都が本訴請求債権を取得したとしても、同社は本件和解によりこれを放棄して消滅させたとして控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるから、これを取り消し、控訴人の主張する損害賠償請求権の存否等本訴請求の当否について更に審理判断させるため、本件を原審裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

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